化学肥料Q&A
- このコーナーでは化学肥料についての一般的な質問についてのQ&Aを記載してあります。さらに詳しい情報をご希望の方は「資料請求方法」のコーナーをご覧ください。
Ⅰ.肥料の基礎知識…肥料はなぜ使うのですか
Q1 肥料とはどういうものですか。植物の栄養とは何ですか。Q2 肥料の歴史を教えて下さい。
Q3 肥料の原料は何ですか。資源がなくなることはないのですか。
Q4 肥料の三要素とは何ですか。要素以外にも必要な成分がありますか。
Q5 肥料の品質としては、どんな点が重要ですか。
Q6 化学肥料は日本の農業にどのように役立っていきましたか。
Ⅱ.化学肥料と有機肥料
Q7 化学肥料と有機肥料はどう違うのですか。Q8 日本では化成肥料が一番多く使われているそうですが、化成肥料ってどんなものですか。
Q9 有機農業とはどのような農業なのですか。
Q10 有機農業で食料は十分に供給できるのでしょうか。
Q11 化学肥料を使うと味や品質が落ちるのですか。
Ⅲ.肥料と環境
Q12 環境保全型農業とはどのような農業ですか。有機農業とは違うのですか。Q13 肥料は環境に悪影響をおよぼすことはないのですか。
Q14 環境に悪影響をおよぼさないように肥料を適正に使うとはどういうことですか。
Q15 肥料を使うので、農作物の価格が高くなるということはないのですか。
Q16 資源の循環、再生利用が大切だということですが、農業ではどのような問題がありますか。
Q17 生ごみコンポストや下水汚泥をもっと肥料として使ったらよいのではないでしょうか。
Ⅳ.日本農業の大切さ
Q18 日本農業の現状はどうなっていますか。Q19 農業は日本にとって必要なのでしょうか。
Q20 食料の安全保障とは、どういうことですか。
Q21 農業は食料生産以外にも役にたっているということですが、どういうことですか。
Q22 都会の人ももっと農業の大切さを知ってほしいといいますが、どうしてでしょう。
Ⅰ.肥料の基礎知識…肥料はなぜ使うのですか
1 肥料とはどういうものですか。植物の栄養とは何ですか。
動物は、植物や他の動物を食べて生きています。タンパク質、炭水化物、脂肪、ビタミンなどの有機物が食物となります。これに対して、植物の生育には有機物は必ずしも必要ではありません。無機物だけで生きています。植物工場や養液栽培では無機物だけを水に溶かして与え、生育させています。植物の栄養素として最も重要なのは、窒素、リン、カリウムであり、これを肥料三要素といいます。このほか、カルシウム、マグネシウムや微量要素も土壌中で不足することがあるので、肥料として補給しなければ植物は満足に生育できません。
2 肥料の歴史を教えて下さい。
農作物を収穫して持ち出せば、やがて土壌で養分が不足して収量が低下してしまいます。養分を補うために、古くから山林・原野の野草や下草、人間や家畜の排泄物、マメ科植物の緑肥などが使われてきましたが、19世紀になると産業革命後の人口増加で、食料の供給が不安になっていました。
1840年には、リービヒが植物は無機栄養で生育することを明らかにし、化学肥料使用の基礎を作りました。イギリスのローズは過リン酸石灰を1843年に生産開始しています。窒素肥料の生産はやや遅れましたが、20世紀に入って石灰窒素、硝酸塩肥料などが作られ始めました。もっと重要なのは、1913年のドイツのハーバーとボッシュによるアンモニア合成工業の成功です。
日本でも19世紀末から20世紀初頭にかけて化学肥料生産が始めら、昭和の初年にはすでに有機質肥料を上回るようになっていました。太平洋戦争後にも、まず肥料工業の復興が優先され、食料不足の解決に貢献してきました。
3 肥料の原料は何ですか。資源がなくなることはないのですか。
窒素肥料の大部分はアンモニアが原料です。アンモニアは大気中の窒素と水素を高圧下で反応させて作ります。窒素は無尽蔵ですが、水素を作るためにはエネルギーが必要です。今は天然ガスが主な原料です。石炭・石油・余剰電力などを使うこともできますが、コストが問題です。
リン酸肥料の主原料はリン鉱石です。日本にはありませんので、すべて輸入しています。これまでアメリカ(フロリダなど)からの輸入が多かったのですが、資源が枯渇してしまい最近ではアメリカからの輸入はできなくなりました。今はモロッコ、中国、ヨルダンなどから輸入しています。リン鉱石については、資源の枯渇と産出国が限られているのが問題です。
カリ肥料の原料はカリ鉱石です。日本にはカナダからの輸入が多くなっています。これも産出国が限られるのが問題ですが、資源の量についてはリン鉱石ほど問題はないようです。
有機質肥料も輸入が多く、ナタネ油かす、骨粉などの輸入依存度は高くなっています。リサイクリングの見地から有機質肥料をもっと利用することが望まれていますが、コスト、品質などに問題があります。
4 肥料の三要素とは何ですか。三要素以外にも必要な成分がありますか。
肥料とは、土壌あるいは葉面に散布して植物の栄養となる物をいいます。植物の生育にどうしても必要な元素(必須元素)は普通16種類(植物によってもっと多い場合もある)ですが、植物がこれらを必要とする度合いにしたがって、三要素(窒素・リン・カリウム)、二次要素(カルシウム・マグネシウム・硫黄など)、微量要素(マンガン・ホウ素など)に分けて考えることができます。
日本では、植物の栄養となる物の他に、土壌の化学性を変える物、具体的には土壌の酸性を直す石灰質資材も肥料に加えています。石灰を施用すると、アルカリ効果によって有機物の分解が促進され窒素的な効果が現れるために、窒素肥料が不足した時に石灰を施用した歴史があることを反映したものでしょう。
なお植物体の有機物には炭素・水素・酸素が多量に含まれますが、これらの原料は空気中の二酸化炭素と水ですので、これらは肥料の対象とはしません。
また植物の生育は植物ホルモンなどの作用によって促進されることが知られていますが、これらは植物生育調節剤に分類され肥料としては扱いません。
肥料以外にも土壌に施用する物がありますが、土壌の物理性や生物的性質を変える物は土壌改良資材ですし、殺虫剤や除草剤はもちろん農薬です。
5 肥料の品質についてはどんな点が重要ですか。
肥料としては、当然目的とする肥料成分が含まれていなければなりません。このような成分を肥料の主成分といいます。窒素・リン・カリウムの三要素、カルシウム(石灰)、マグネシウム(苦土)、ケイ素、マンガン、ホウ素が日本では主成分となっています。
窒素・リン・カリウムなどの施用量は、作物・土壌・地域などで基準があります。土壌診断を受けると、もっと正確な処方箋が入手できます。推奨された施用量より少ないと収量が低下し、また多過ぎると作物の品質が悪くなったり、環境に影響することがあります。普通肥料(化成肥料など市販の肥料)には保証票が付けられていますので、成分の量が分かるようになっています。
肥料に有害成分がないということも当然のことです。そのため普通肥料には公定規格が決められており、有害成分を含まないように配慮しています。新しい肥料、特に産業廃棄物を原料に使った場合には、有害成分の分析ばかりでなく、植物を使って害がないことを国や県の肥料検査官がチェックしています。
肥料の物理性も重要です。吸湿してベトついたり、固結して固まるのは困ります。機械施肥をする時には、肥料が自由に施肥機から流れ落ちなければ施肥ムラになってしまいます。肥料粒が丸くそろっており、適当な硬さで壊れないことも必要です。水田では肥料の粒が浮くのも避けるように苦心しています。(浮くのは成分が溶けてしまった抜け殻で、肥効にはあまり関係ないことも分かってはいるのですが)。
化学肥料はこのような品質を満足するように作られています。また品質ではありませんが、流通上でもっとも重要なのは、必要な肥料が必要な時に農家が確実に入手できることです。大量に計画的に生産される化学肥料は、この点からも安心して農家が使える物なのです。
6 化学肥料は日本の農業にどのように役立っていきましたか。
世界の国別に農耕地面積当たりの施肥量と穀物の収量をみると、高い相関関係がみられます。欧米諸国では、ここ20~30年に穀物の単収が大きく伸びましたが、同時に肥料の施用量も急速に増えています。
日本の水稲も肥料によって現在の高い収量が支えられてきたのです。肥料を使わない国では10アール当たり150~200kgの収量しか得られていません。肥料がなければ、米を安定して多量に生産することはできません。
また日本の畜産は、飼料用トウモロコシがアメリカなどから多量に安く入ったことによって急速に発展しました。トウモロコシは多肥作物であり、アメリカでも肥料がなければ、現在の高い収量は得られないのです。
このように肥料を使うことによって現在の潤沢な食生活が可能になり、農家も生産を続けることができました。しかしその結果として農産物の過剰が問題になり、肥料が非難されだしたのですから皮肉なものです。
収量が多くなると収穫などの作業は多くなるでしょうが、耕起、播種、病害虫防除、除草などの基本的な作業はあまり変わりありません。したがって収量が多いほうが収穫物あたりの労力・時間は減ってきます。肥料はその意味で省力に効果があります。
植物養分の補給や地力の向上のためには、たいきゅう肥などの有機質資材をもっと有効に使うべきだと私達は考えています。ただ現在では、たい肥などを作るのには大変な労力と時間が必要で、農家にとって大きな負担になっているのも事実です。軽くて少量で有効な化学肥料のほうが農家にとって省力的であることは確かです。
しかし、これでは長期的に土壌の肥よく度を維持することが困難であり、持続的農業生産の見地からも問題があります。化学肥料と有機資材とをうまく組み合わせて使う視点が重要です。そのためには、たい肥などを効率よく製造し、また施用についても共同で機械化ができるように、技術開発と行政などの施策が必要だと考えています。
Ⅱ.化学肥料と有機肥料
7 化学肥料と有機肥料はどう違うのですか。
化学肥料とは、化学的工程を使って無機質原料から作られた肥料です。現在、使われている肥料の大部分は化学肥料です。尿素や緩効性肥料などは有機化合物ですが、これも化学的工程で作られるため化学肥料です。塩化カリウムのように鉱石を掘り出し、粉砕・選鉱などをするだけで、ほとんど化学的工程を必要としない肥料もありますが、これも無機質原料を使っているために化学肥料です。
有機肥料とは、動物・植物性の有機物のうち肥料成分(窒素・リン・カリウム)を含むものを原料とした肥料のことです。原料・工程などによって公定規格が決められています。たい肥・米ぬか・家畜ふん尿・下水汚泥などは、有機物質が主体ですが、公定規格が決められてなく、特殊肥料に指定されているため、法律上では有機肥料とはいいません。
有機肥料は、土壌に施用した後は、いったん微生物によって分解され無機化してから植物に吸収されるため、効果がゆっくりとしています。また肥料成分や副成分の含量が低いので、濃度障害や塩類集積などが現れにくい利点があり、農産物の品質もよくなりやすいともいわれています。有機物は微生物の餌(エネルギー源)となるため、土壌の微生物活性などにも影響します。
しかし有機肥料は、供給量が限られ、家畜飼料など他用途との競合もあるため、価格が高く、肥料としてはふんだんに使えるものではありません。植物は本来無機養分で生育できるのですから、化学肥料をうまく使い、まず生産性をあげ、さらに品質も栽肥料とは 培技術の工夫により高くするのが農業の本質だと考えます。
8 日本では化成肥料が一番多く使われているそうですが、化成肥料ってどんなものですか。
肥料成分を1種類しか含んでいない単肥では、必要な成分を含む肥料をそれぞれ別々に買って配合する必要があります。また一般に、単肥は副成分が多く有効成分が比較的低いのです。化成肥料では副成分が少なく有効成分が多いために、少ない施用量で同じ効果を上げることができます。例えば、肥料袋1袋(20kg)の中に硫安は4.2kgの窒素、過りん酸石灰では3.2~4kgのりん酸を含んでいますが、化成肥料では1袋に6~8kgもの三要素(窒素+りん酸+カリ)を含むのが普通です。成分が高いため、輸送、貯蔵、施肥のコストが安くなります。農家は自分で配合する必要がないことから省力になります。
化成肥料では取扱いが容易になるように粒状化してあり、吸湿や固結がないように工夫されています。そのため機械化施肥をする場合に特に有利です。水田では水面に浮き上がらないように改良されています。
肥効の点でも三要素をただ配合した肥料よりは有利な店があります。肥料成分が共存している効果で植物により吸収されやすいことがあり、また副成分が少ないために施用土壌に対して悪影響を与える程度が小さくなります。
最近では、作物、土壌、地帯別に用途に合わせて多くの化学肥料が出されており、また肥効発現速度を調節する工夫もされるなど、農家の要望に応えています。
9 有機農業とはどのような農業なのですか。
1950年代までは、戦争とそれに続く経済混乱や資材不足により、食糧の増産は非常に大きな問題でした。その後の化学肥料の普及と、それを用いた農業技術の改良は、先進国に食糧の過剰供給をもたらしました。その結果、食糧の質や安全への関心が高まるようになり、今、化学肥料や農薬に依存しない有機農業が注目されています。
この50年間に、化学肥料を使った農法により食糧の増産が可能になり、生活が豊かになってきました。しかし、食糧増産のために行き過ぎた施肥が行われ、ヨ-ロッパでは地下水に硝酸イオンが蓄積される傾向がみられるようになりました。硝酸は作物の肥料としては欠かせない成分ですが、これを多量に含む飼料を食べた牛は酸素欠乏状態になり、生後間もない人間の赤ちゃんが汚染された地下水を飲むと血液が青くなるブルーベービー症を引き起こすことがあります。
この他にも、農耕地の塩類集積や砂漠化、農耕地からのメタン・亜酸化窒素などの温室効果ガスの発生など、農業は環境に対して悪影響を与えていることが指摘されはじめました。自然を活用する農業も環境に配慮した生産方式が求められ、物質循環を大切にした有機農業が注目されています。また、食糧が十分に供給されるようになると、より高品質のものを求めるグルメ嗜好の面からも、有機農業に期待が寄せられています。
有機農業の注目とともに、化学肥料や農薬が悪者になっていますが、実際は、生産活動の効率化とともに農業生産における物質の循環が絶たれ、作物に必要な養分が特定の地域に集中的に蓄積したことが大きな原因です。つまり、有機農業は、現代農業の反省として注目されているといえます。
10 有機農業で食料は十分に供給できるのでしょうか。
有機質肥料が安く豊富な時には化学肥料を使わなくても農業を営むことができました。江戸時代後半には、ワタやアイなどの換金作物に魚かすなどが使われていました。明治時代中期からは中国東北部から安いダイズかすが大量に入り肥料として使われました(当時の金肥)。しかし、このような有機質肥料には飼料など他の用途があり、それとの競合により次第に必要なだけの量を確保することができなくなっています。農業の生産性を上げるためには価格の安い化学肥料を使って効率を上げることが必要なのです。
現在、約40種類の有機質肥料が普通肥料として規格が設定されており、ナタネ油かす、骨粉などが代表的なものになっています。
このように有機質肥料の種類は多いのですが、国内での生産量は限られています。現在、複合肥料(化成肥料・配合肥料など)だけで300万トン前後使われていますが、有機質肥料の生産量は80~90万トン程度です。有機質肥料の成分は低いので、成分量を同じにして化学肥料に替わるためには今の数倍の有機質肥料を必要とします。
有機質肥料で一番多く使われているのはナタネ油かすですが、これは家畜の繁殖に有害な成分が含まれていたため飼料とならず、肥料に使われていたのです。最近ではこの有害な成分が少ないナタネが育種されており、次第に飼料用に使われる量が多くなっています。
さらに問題は、原料となるナタネはほぼ全量が輸入品だということです。骨粉なども多量に輸入しています。有機質肥料の輸入依存度は高いのです。
有機質肥料は、このように供給量に制限があるばかりでなく、他の用途との競合があるために、価格が高いのです。
有機性の資材には、成分の含量が低く、あるいは変動幅が大きいために規格が決められていなく特殊肥料に指定されている、たい肥、下水汚泥などもあります。これらは発生する量は多いのですが、肥効の発現が不安定、重い、臭い、重金属含量など品質的な問題があり、普及が限られています。
11 化学肥料を使うと味や品質が落ちるのですか。
有機質肥料では、土壌中で分解されてから効果が現れるので、窒素の効き方が遅いのです。しかし、それがかえって窒素が過剰になるのを防いでいます。
窒素が少ないと作物体内の窒素(タンパク質)含有量が少なくなり、これが味や保存性に関係します。お米の味を決めるのは品種などの影響が大きいのですが、品種が同じなら窒素が少ないほど柔らかく粘りのある米になるといわれています。野菜や果実では、窒素が多いと大味でやはり味が劣ります。
堆肥などの有機物を連用している土壌では団粒構造が発達し、水の補給が安定して比較的低く保たれます。このような条件では作物体の水は低く抑えられ、食味がよいものになります。
このように食味のよい作物ができるメカニズムがわかると、化学肥料にも応用することができます。今では窒素肥料の施用量、施肥時期などを調節することで、収量を下げずにおいしいお米を作ることができます。肥効調節型肥料を使えば窒素の吸収を好きなように調節することもできます。
野菜ではベッドを使って節水栽培をするなどにより、おいしいトマトなどを作ることができるようになっています。
Ⅲ.肥料と環境
12 環境保全型農業とはどのような農業ですか。有機農業とは違うのですか。
タイプ | 内 容 |
タイプⅠ | 土壌づくりなど既存の技術を活用して可能な範囲で化学肥料、農薬を節減(例えば慣行の2割程度節減)すること等により環境負担を軽減 |
タイプⅡ | リサイクルの推進、肥施・防除基準の見直し、新技術・資材の活用の推進等により、一層環境負担を軽減 |
減~無化学
肥料・減~無農薬栽培 |
環境負担の軽減と同時に、消費者ニーズに対応して、化学肥料、農薬を慣行のおおむね5割以下~まったく使用しない栽培方法により農作物供給 |
有機農業 | 環境負担の軽減と同時に、消費者ニーズに対応して、化学肥料、農薬に基本的に依存しない栽培方法により農作物供給 |
(農林水産省環境保全型農業推進の考え方 1994) |
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環境保全型農業とは、環境と調和し、保全しながら持続的な生産を可能にする農法の総称です。長期的な生産性の維持と環境保全の両立を図るもので、表に示すようなさまざまなタイプが考えられ、有機農業もこの中に含まれます。
有機農業は、化学肥料や農薬に頼らない農業であり、収量があがらず、外観品質に問題がある場合が多いため、通常の市場流通では低い評価しか受けられません。これでは、一般の農業経営者が実施することが困難ですが、環境保全型農業は実現可能な農業といえます。
農林水産省(1994)は、環境保全型農業を「農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくりなどを通じて化学肥料、農薬の使用などによる環境負荷の軽減に配慮した、持続的な農業生産」と定義しています。また、環境保全型農業は、以下のような目標を追求する農業生産技術体系を指しています。
- 現在の生産水準を低下させることなく、持続可能な農業を進めるために、農地の持つ潜在的生産力や自然的特性に適合させるような作付体系を創出する。
- 環境や生産者・消費者の健康を損なうような、危険性の高い生産資材の使用を減らす。
- 農地管理の改善ならびに土壌、水、エネルギー、生物などの資源の保全を重視した、低投入で効率的な生産を目指す。
- 空中窒素の固定や、害虫と捕食者の関係にみられるような自然のプロセスを農業生産の過程にできるだけ取り入れる。
- 植物や動物の種が持っている生物的・遺伝的な潜在能力を積極的に農業生産に取り入れる。
13 肥料は環境に悪影響をおよぼすことはないのですか。
農業のためには、森林を切って開墾し地形を変えて作業を容易にするなど、自然に大きな働きかけをしてきました。不適切な農業では侵食、砂漠化の加速などがあって土地荒廃にまでなってしまう例は今でも世界中でみられています。環境保全的な農業が求められているのです。
肥料についても不適切な使い方をしたときには、環境に対して影響することは明らかです。地下水中での硝酸性窒素の集積は、家畜排泄物のほかに窒素肥料、有機物などの施用も関係しています。肥料製造の際のエネルギーの消費は、二酸化炭素の発生になりますから地球の温暖化に関係します。また窒素を施用したときに発生する亜酸化窒素は、地球温暖化やオゾン層破壊に関係するといわれています。
肥料は本来は植物の栄養であり、適量を適時に施用すると大部分は植物に吸収・利用されますので、環境に放出されるのは利用されない残りの部分ということになります。したがって植物による利用率を高め、無駄に環境に失われる量を少なくすると、環境に対する影響は最小限にとどめることができます。
肥料の利用率を高める施肥法の研究は、これまでも土壌肥料学の大きな課題でした。施肥反応の大きな品種を使い、施肥位置、施肥時期、施肥量を適正にするのは環境保全的農業生産においても基本的な技術です。
農業は食料生産ばかりでなく、緑の効用で環境保全にも大きな貢献をすることができます。二酸化炭素の吸収、酸素の発生、水資源の保全とかん養、保健・休養機能などをその例にあげることができます。肥料を適切に使うと、この緑の効用を大きくすることができるのです。
14 環境に悪影響をおよぼさないように肥料を適正に使うとはどういうことですか。
肥料中の養分が作物にみな吸収・利用されれば環境への悪影響は少なくなります。硝酸の溶脱が多くなるのは、土壌が裸地状態の場合、土壌が砂質の場合、多量の窒素(家畜ふん尿なども含む)を施用した場合などです。有機肥料の場合でも多量に連用すれば化学肥料と変わりありません。
肥料では施用量を標準施用量の範囲とすること、土壌診断・植物栄養診断を活用し、過剰にならないようにすることが鉄則です。
最近、被覆肥料を水稲の育苗箱に施用(接触施用)すると、窒素利用率が飛躍的に高くなることがわかりました。このような技術の進歩によって環境に対する影響をもっと小さいものにしたいものと念願しています。
富栄養化に対する影響についても、適正な施肥がキーワードになります。
15 肥料を使うので、農作物の価格が高くなるということはないのですか。
肥料を使って増収するほうが農産物のコストは安くなります。例えば米の生産に必要な肥料費は生産費のうちの6%くらいにすぎません。機械費や労賃がずっと多いのです。肥料を使わなくても生産費の低下はごくわずかです。しかも必要な機械や労力はほとんど変わらないでしょうから、収量が減った分コストは高くなるはずです。
化学肥料をやめて有機肥料を使った場合には、かえってコストが高くなると予想されます。堆肥を使うのは土づくりの基本ですから、もっと作るように農家に勧めていますが、現実には施用量は減る一方です。労力がなく高くつくのです。
廃棄物のリサイクリング、生ごみのコンポストの利用も必要ですが、現状では輸送・貯蔵・施肥などのコストが高くつき、生産物を安くすることには結びつきにくいのです。
16 資源の循環、再生利用が大切だということですが、 農業ではどのような問題がありますか。
収穫残さについては、できるだけ循環利用するように努力されています。稲わらを焼却すると煙公害になることから、できるだけ水田に返すようにしています。ただ野菜では病気を激しくするおそれがありますが、これについてもたい肥化などで病原菌を殺すように研究されています。
畜産廃棄物の利用は大きな問題です。北海道の酪農地帯では、かつて牛を飼うことの目的はまず地力を高くすることにあり、それによって畑作などの生産を安定させてきました。そこでは有機物の循環は当然のことでした(循環農業)。ただ、最近では購入飼料に依存した多頭飼育が盛んになったために、有機性廃棄物の過剰問題が発生し畜産公害といわれています。養豚・養鶏のように土地と切り離された畜産では、廃棄物の問題は一層深刻なものになっています。
家畜ふん尿は、たい肥化させて品質が安定したものであれば野菜農家などに喜んで引き取られます。しかし、たい積腐熟が不完全で効果が不安定なものが多いのです。広域的な利用を図るため、粒状化などで流通に適した形態にすることも必要でしょう。
農産物を原料とした食品産業からの有機物についてももっと利用を図るべきです。ただ、植物油かすなどのように、これまでも肥料化されたり、あるいは他の用途が開発されたものが多いのです。残された有機物は、排水処理の汚泥など、水分が多く腐りやすい利用が難しいものです。
都市からの有機物も循環の対象になります。農産物中の養分は都市の消費者に送られていますから、その養分は農耕地に返す必要があります。下水汚泥、ごみコンポストが、現代における循環される形態ですが、この問題については、次項に述べます。
いずれにしても国民全体の協力が必要です。一人ひとりがリサイクリングの重要性を理解し、循環のために必要な社会的な仕組みを作る必要があります。
17 生ごみコンポストや下水汚泥をもっと肥料として使ったらよいのではないでしょうか。
環境保全型農業では、農業の持つ物質循環機能を生かすことが必要です。生ごみコンポストや下水汚泥は土壌に施用すると分解され、植物の養分を供給します。もともと生ごみや下水汚泥は人間の食べ物に由来するもので、農畜産物・水産物が原料です。土地から収奪したものを土地に返すのであれば、本来の土地還元で問題がないはずです。しかし、実際にはいろいろな問題があります。
いま食料の自給率は 50%を大きく下回っています。生ごみや下水汚泥中の養分は、日本の農耕地から取り出された量以上になっている可能性があります。これを全部還元できるか、まず量的に検討してみる必要があります。
質的にみても問題があります。ごみ、下水中には人間生活に起因するいろいろな異物が混入しています。ごみ中のプラスチック、ガラス、金属などは、完全に除くのが難しく、しかも目立ちますから、少しでもあればまず農家は使いません。自分の圃場をごみ捨て場にしたい農家はいません。分別収集の徹底が必要です。
下水のなかには、重金属が多いことがあります。シャンプーなどには亜鉛などが使われますし、湯沸かしからは銅の溶出があるようです。歯医者・病院の排水からは多量の水銀が検出されたこともあります。重金属の起源はさまざまで、全部を抑えることは難しいと思います。
一部の重金属については、汚泥などで上限となる濃度などが決められており、その範囲では安全なことは認められますが、連用などでは制約になることは事実です。
肥料として使うためには、肥効の現れ方に変動があっては農家は困ります。有機性資源は成分の量に大きな変動があるばかりでなく、乾燥などの処理により、無機化の程度が大きく変化します。
農家が使いやすい形であることが必要です。臭い、重い、腐りやすいものでは使ってくれません。機械施肥に適するように粒状化などの加工も必要です。
Ⅳ.日本農業の大切さ
18 日本農業の現状はどうなっていますか。
昭和59年をピークにわが国の農業総生産額は減り始めました。野菜や果実など、そのあと少し増えたものもありますが、日本の農業生産は低下の一途をたどり、輸入への依存度が増しています。
温暖な自然に恵まれた日本は、農業に適した国ですが、経済の高度成長が続いて、若い労働力は農業から工業へ、3次産業へと移動していきました。農業に従事している男子の平均年齢は60歳を越えており、日本の農業は高齢者によって支えられています。
昭和35年に600万ヘクタールあったわが国の耕地面積は、500万ヘクタールを割ってしまいました。東北地域の農地面積に相当する分がなくなったことになります。農村には、何も作らず放棄された農地が目立ちます。そして今、日本は外国の農地1200万ヘクタール分の農産物を輸入しています。
なぜ日本の農業はこんなに弱体化したのでしょうか? 農業と他の産業との所得差が大きくなり、農業は魅力のない仕事になってしまったからです。自由化が進んで、外国の安い食料が大量に輸入されるようになり、内外の価格差は大きくなりました。土地の値段が高く、一戸当たり農地面積が小さく、労賃の高い日本の農産物は、生産コストだけで勝負する限り、輸出用に大量生産する外国の農産物に勝てるはずはありません。しかし、値段が安いからといって、自分たちの食べ物を、外国に依存し続けて良いものでしょうか。
わが国も農業生産の規模拡大や効率化につとめ、生産コストの低下をはからねばなりません。しかし、私たちの生命を支える食料生産については、経済性だけでなく、国民の安全保障や国土環境の保全などを含め総合的に考えるべきではないでしょうか。
19 農業は日本にとって必要なのでしょうか。必要であれば、これからどうすれば良いのでしょうか。
農業が衰えて食料を外国に依存するようになった国が、いずれ衰退して行くことは世界の歴史が示しています。いま日本は食料を自由に世界中から輸入していますが、これは長くは続きません。
雨が多く山頂から海までの距離が短い日本では、森が水を貯え水田が流れを弱めて、降った雨が一時に川に流れ込むのを防いでくれます。雨水は地下水に水を補給しながら、ゆっくりと海に達します。川の上流の山村に人が住み農業が営まれていれば、森林の手入れや耕地の管理を通して山崩れなども減らせます。日本では雨が多いにもかかわらず、森や水田のおかげで土壌浸食はあまり問題になりません。
国民の大多数は、安全な食料の安定した供給を望んでいるのですから、最低限の食料自給についての理解は得られるでしょう。その上で、国土の土地利用の考え方を整理して確保すべき農地を明確にし、農業も若い人達に魅力あるものに変えて行かねばなりません。新しい技術の開発も重要ですし、意欲のある人に道を開く規制緩和も必要でしょう。
基本的には、経済性、効率、というこれまでの価値基準を見直すことから始めなければならないかも知れません。
20 食料の安全保障とは、どういうことですか。
武力で攻められた時のために、軍事力を持つのがこれまでの安全保障策でした。アメリカの核の傘に入るというのも、その変形でしょう。東西対決の冷戦構造が崩れて、武力侵攻や紛争の軍事力による解決は少なくなりつつあります。そして、それに代って資源供給や経済協力を武器にした外交戦略が使われるようになりました。例えばOPECが石油の価格引上げや輸出停止で、石油輸入国を脅かす、といったやり方です。
食料はすでに外交戦略の武器になっています。圧倒的に大きい穀物輸出力をもつアメリカなどは、「輸出禁止」の手段で食料輸入国に妥協を求めることができるわけです。
日本は資源のない国ですから、石油も金属資源も輸入がとまると大変ですが、これらには太陽エネルギーなど代りになるものがあります。しかし食料には代替物がありません。
食料の60%を外国に頼っているわが国では、国の独立を保ち、国民の安全を守るために、アメリカなどの輸出停止も想定した準備体制を整えておくべきでしょう。そのためには、1.食料、とくにコメなど穀物の自給力を高めること、2.必要量の3か月分くらいのコメを備蓄する、3.食料の輸入先を分散し、一国集中を避ける、4.そして、金に物を言わせて世界から食料を買い漁るやり方を改め、信頼される国になるよう努める、ことなどが必要でしょう。
21 農業は食料生産以外にも役にたっているということですが、どういうことですか。
農業の役割は食料、飼料などの生産にありますが、同時に植物が行う光合成によって酸素を供給し二酸化炭素を吸収する役割も無視できません。植物の根によって侵食が減り、土砂崩れを防いでいる働きも広く認められています。
水田では水を貯留し洪水を防ぐダムとしての効果も大きいものがあります。日本にある水田全部の貯水能力を合わせると黒部ダム30個分に相当し、このダムの建設費と維持費を水田に当てはめると年6兆1,200億円、水田10アール当たり20万円に相当するという計算があります。
植物が生育すると寒暖差や乾湿差が小さくなるなど気象の緩和効果もあります。
農業には食料を生産しながら、このような緑の機能を働かす役割が期待されています。
22 都会の人ももっと農業の大切さを知ってほしいといいますが、どうしてでしょう。
農業の役割は食料、飼料などの生産にありますが、同時に植物が行う光合成によって酸素を供給し二酸化炭素を吸収する役割も無視できません。植物の根によって侵食が減り、土砂崩れを防いでいる働きも広く認められています。
水田では水を貯留し洪水を防ぐダムとしての効果も大きいものがあります。日本にある水田全部の貯水能力を合わせると黒部ダム30個分に相当し、このダムの建設費と維持費を水田に当てはめると年6兆1,200億円、水田10アール当たり20万円に相当するという計算があります。
植物が生育すると寒暖差や乾湿差が小さくなるなど気象の緩和効果もあります。
農業には食料を生産しながら、このような緑の機能を働かす役割が期待されています。
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